発達障害 アナ・イザベルのサクセス・ストーリー 近況報告:大学生になりました

娘アナ・イザベルについて、ご両親が書いてくださいました。
ここに書かれている成果は、
人間能力開発研究所集中プログラムをおこなっていたアナとご両親が、固い決意をもって家庭でプログラムに励んだ結果です。

 

アナ・イザベルは1999年3月に生まれました。
出産の過程で問題が生じたために、アナは重い脳障害となり、その後の発達に影響が出ました。
娘が正常に発達していないので、私たちは落ち込んでいました。
しかるべき時期になっても、お座りができない、寝返りが打てない、ハイハイができない、歩けないなど、発達に遅れがあるのは明らかでした。
それだけでなく、娘についてはっきりとした説明をしてもらえず、診断もなく、今後の希望につながる言葉も聞けませんでした。

 

運動面の発達が遅れていました

4歳になっても、アナ・イザベルはいつもよだれを垂らしていました。
バランスに問題があり、立っていてもすぐに転びました。
身体の動きを協調させることができないので、独りで食べることもままなりませんでした。
話しても人にわかってもらえず、いらいらしていました。娘が賢い子であることは解っていましたが、見かけはそうは見えませんでした。
大きな音に大げさなまでにびっくりすることもありました。
胃食道逆流や呼吸器感染症もあり、病院通いの日々でした。
大きくなるにつれて、健康状態も悪化していきました。

 

娘がさまざまな機能を発揮するのにも
苦労していることに、ご両親は 気づいていました

結局私たちは専門家に頼らずに、自分たちで情報を集めることにしました。
その中で出会ったのが「赤ちゃんに読みをどう教えるか」の本でした。
その本で人間能力開発研究所の連絡先を知ったことが、アナの人生、そして私たち家族の生活をすっかり変えることになったのです。

「赤ちゃんに読みをどう教えるか」の本は
アナ・イザベル一家の生活を
一変させました


アナは4歳でに人間能力開発研究所のプログラムを開始し、開始後わずか2週間でその先の希望につながる変化が見られました。
発達のあらゆる局面で、アナに変化が起こり始めました。
新しい食生活、ビタミン類、パタニングなどの生理面のプログラムが、健康面で目に見える変化をもたらしました。
日に日に変わっていくアナを前に、私たちは娘の回復のためには一秒でも無駄にするまいとがんばりました。アナの状態はみるみるよくなっていき、私たちはプログラムを心から愛するようになりました。
娘の幸せのために、私たちは固い決意で、自らに厳しく、休むことなくプログラムをおこないました。
こうして数年が過ぎ、アナは歩き、踊り、泳ぎ、自転車に乗り、体操までできるようになっていきました。
人間能力開発研究所がアナに合わせて作成した知性のプログラムをこなし、知性面でも賢くなりました。

プログラムである体操も上達
素晴らしい演技を披露しました

 

何年もプログラムをおこなってきたアナ・イザベルは、同年齢の子どもたちと一緒に学校に通う段階に達したと研究所のスタッフは判断しました。
そして学校にもすぐ馴染み、勉強の面でも社会性の面でも順調でした。アナは高等学校を卒業し、現在18歳です。
今年から大学に通っています。
独りでバス通学をしていますが、今年は運転免許を取る予定です。
今年初めてエルサルバドルへ行き、マーケティングの会議に出席しました。
ビジネスの世界で仕事をするために、さまざまな計画を立てています。
大学ではビジネスとマーケティングを学び、学業の一部としてディズニーで6か月間の研修を受けるつもりです。
大学卒業後は、修士号の取得、さらには博士号の取得も目指しています。

 

大学入学初日

自分たちのすべてをアナの回復のためにささげて、本当によかったと感じています。
今の私たちの生活は、これまでとは全く違っています。
アナがたどってきた長い道のりを共に歩んだ経験は、満足と充実感に満ちたものでした。
私たち4人家族のこれからの人生には、たくさんの計画があります。
楽しくすごしていきたいと思っています。

 

家族一同、誇らしげです

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